【タイ労働法コラム】第7回:タイの残業に関するルール設計

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GVA法律事務所・タイオフィス代表の藤江です。
本コラムでは、タイの労務管理について、日本との違いを踏まえた上で、法的に解説していきます。今回はタイの残業に関するルール設計について解説します。

 

1. 残業時間は社員が決める?タイの残業事情

タイの残業においてまず頭に入れておかなければならないのは、「残業を命じるには、従業員の個別の同意が必要である」という点です。日本では、会社と従業員は一般的に36協定と呼ばれる残業に関する取り交わしをしていることが通常で、この協定によって会社と従業員は残業について包括的に合意しています。しかし、タイは残業に関する包括的な同意という制度自体が存在せず、緊急を要する場合等を除いて、残業の都度個別に承諾を取り付けなければなりません。個別に承諾を取り付ける必要があるということは、従業員が残業を拒否することもできるということですから、制度の違いをしっかり理解しておく必要があります。

 

2. タイでは固定残業代(みなし残業)が存在しない?

次に、実務的によく問題になるのは、残業に関して同意を取ることも、残業代を払うことも問題ないとして、いかにして残業代の計算負担を小さくするかという点です。この点でよく問題になるのが「固定残業代」の制度です。

まず日本の固定残業代の制度を見ておきましょう。固定残業代制度とは、「一定時間分の時間外労働について割増賃金を定額で支払う制度」です。例えば、残業時間が10時間あった場合、会社は通常、10時間分の残業代を計算して支払わなければなりません。しかし、固定残業代を導入している場合、残業の有無に関わらず、毎月支払う賃金に10時間分の残業代を含めて支払ってしまい、この部分の支給を10時間までの残業代に充当することになります。この方法によって、会社は10時間以上残業しているかどうかだけを気にすればよいことになり、計算負担を軽減することができるわけです。

さて、この固定残業代の制度ですが、残念ながらタイでは採用することができません。10時間残業していなくても残業代が支給されるわけですから、従業員にとって有利な制度のように思えます。しかし、タイの制度上、残業代はあくまで「時間に応じて支払うもの」と考えられており、時間に関わらず支払う性質のものを残業代として扱うことに否定的と考えておくべきです。

 

3. 裁量労働制も例外にならない

また、より自由な勤務形態を目指した「裁量労働制」がタイで使えるのかという点もしばしば話題になりますが、この制度は、「労働時間に応じて賃金が支払われる」という大原則に対する「例外」として、時間に関わらず賃金支給される仕組みです。これが認められるには、裁量労働制を採用できる旨が法による特別なルールとして定めていなければなりません。しかしながら、現在のところタイの法律ではそのようなルールは定められておらず、これもまた採用が難しいと言わなければならないでしょう。

 

4. フレックスタイム制はできるものの…勤務時間の上限に注意

では、裁量労働制は無理だとして、「フレックスタイム制」はどうでしょう?日本におけるフレックスタイム制とは、一定の期間について予め定めた総労働時間の範囲内で、従業員が日々の始業・終業時刻、労働時間を自ら決めることのできる制度です。つまり、従業員は、一定の期間の総勤務時間を決めておいて、その範囲内で出勤時間や退勤時間を自分の都合に合わせて調整することができるわけです。

結論として、タイでも、部分的にはこの制度を採用することが可能です。フレックスタイム制といっても、もう少しシンプルなものになりますが、タイの労働者保護法にはこのような定めがあります。「1日の労働時間が 8時間より短い場合、使用者と労働者は、8時間に満たない残りの時間を他の日の労働時間に加える旨合意することができる」。

この定めによれば、ある1日で短く勤務した場合、その時間分を他の日に付替えることができます。ただし、ここには制限があることに注意が必要です。この定めによって付替え可能な場合であっても、1日の勤務時間は9時間までとされており、実質的には1時間だけの付替えが許されるにすぎません。わずか1時間のみであれば、柔軟に働くための制度としてこれを取り入れても、制度として不十分であると言わざるを得ません。

 

5. 最後に

結局タイでは、日本で認められるような柔軟な勤務形態は、未だ法律上定められていません。現実的には、労働時間を固定した上で、「出勤時間は自由だが、1日8時間は勤務してもらう」というように、勤怠管理をやや緩やかにすることで、これに近い効果を実現するより他ありません。タイでの残業代ルールを構築する際には、限られた選択肢の中で就労環境を調整していかなければならない点に、注意が必要です。

 
 
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GVA法律事務所パートナー
タイオフィス代表・日本国弁護士:藤江 大輔
Contact: info@gvathai.com
URL: https://gvalaw.jp/global/3361

日本国弁護士

日本国弁護士

ICONIC

09年京都大学法学部卒業。11年に京都大学法科大学院を修了後、同年司法試験に合格。司法研修後、GVA法律事務所に入所し、15年には教育系スタートアップ企業の執行役員に就任。16年にGVA法律事務所パートナーに就任し、現在は同所タイオフィスの代表を務める。

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