ICONIC創業物語(前編)

記事をシェアする

現在、会社のルールやビジョンやミッション・ステートメントをまとめたハンドブックを作成してます。
このハンドブックの中でICONICの創業から今までの歩みが簡潔にまとめられていたのでアップさせていただきます!
創業準備の頃から現在に至るまで 2010年までの前編となります。

 

【ICONIC設立のきっかけ】

アジア地図とICONIC社員

<2007年(ICONICができる一年前)>

・安倉単身ベトナムへ ~起業前の1年~

自らの事業を立ち上げるため、新卒から働いていた仕事を辞め単身ベトナムへ。

日系企業の進出をサポートする会社で現地採用の営業マンとして働きながら起業の構想を練り続ける日々。

ホーチミンにくるまでは、人材サービスで事業を立ち上げるとさえ決まっていなかった。

営業先で出会った家具工場を経営するベトナム人社長から、「日本語が話せるスタッフがいなくて困っている」という話聞いた。

人材が確保できないことで、経営が上手くいかない企業が多くあるということ知り、≪人材≫の確保の問題は全ての会社の共通の悩みであることを知る。

海外で働きたい日本人も、日本語が話せて且つ優秀なベトナム人も沢山いるのに「機会がないというだけで、選択肢を失っているのではないか?」

ならば・・・・

選択肢を増やすための応援をしよう。

きっとニーズはあるはず!

2008年、ICONIC立上げに至る。

 

<世の中の動き>

タンソニャット国際空港が日本のODAにより設立。急速な建設ラッシュとなる

<社員 2名> 

 

【2008年5月27日 ICONIC創業

ICONIC創業メンバー

 

<ICONIC=象徴的な>

その業界を象徴するような、業界のアイコンになるような、業界No1の会社になろうと名づけらたICONIC

記念すべき初オフィスは、タンソニャット国際空港近くのタンフー区に友人のベトナム人経営者が開設したオフィスの一角を100ドルで間借りしていた。

営業もマネジメントの経験もなく、手探りの毎日。ほぼ無休で働いた。

周辺はローカルの民家ばかりで、現在のように整備された道も少なかった。

1区のオフィス街から離れていたこともあり、候補者が道に迷って、面接キャンセルが立て続くことも少なくなかった。

 

<当時から残っている物>

SAMSUNのプリンターは設立当初に300ドルで購入したもので、何度も何度も修理に出してはいるものの、現在も現役で活躍している。

 

<ICONICの初売り上げ>

ベトナム人美容師に日系の美容室から内定が出、初売上に。設立初年度の売上は実に現在の25分の1ほどであったが、着実にいいスタートを踏み出していた。

 

<世の中の動き>

ベトナム国内の過剰なまでの景気の加熱が進み、インフレが続いた中でリーマン・ショックが発生。
物価上昇がかろうじて抑制に向かう。

<社員 4名>

 

【2009年ホーチミンの中心地へ移転】

ICONIC社内

設立から1年。

1区のNam Ky Khoi Nghia通り沿いのサイゴンスクエアに並ぶStar Viewビルへ移転。

当時も友人経営者とシェアでのオフィスレンタルであったが、満を持して、1区の中心地にオフィスを構えたことも奏功し、急激にお客様を増やしていく。

 

<世の中の動き>

オバマ米新政権スタート。「核なき世界」でノーベル平和賞。

<社員 6名>

 

【2010年8月ハノイオフィス開設】

ICONICハノイオフィス

ベトナム国内の更なる拡大への道

ハノイを初めとして、ベトナム北部の人材ニーズの高まりを受け、ハノイ拠点開設へと動き出す。

2010年6月からハノイ市内でオフィス探しと視察を兼ねて猛暑の中、レンタルバイクでハノイ市内を回る。

オフィス探しに悪戦苦闘したものの、TDLビルを探し当て、満を持してハノイオフィス開設!

 

【2010年初のICONIC社員旅行でフーコック島へ】

ICONIC 社員旅行写真(フーコック島)

設立から3年、初の社員旅行を企画し、フーコック島へ。

以後、社員旅行は毎年のビックイベントになった。

 

<社員 8名>

 

後編へ続く

安倉宏明

ICONIC

関西学院大学総合政策学部卒業。株式会社ベンチャー・リンクにて中堅中小企業のコンサルティング、小売店フランチャイズ事業の全国展開に従事。単身ベトナムに渡り年間500社程度ベトナム企業に営業・訪問する。2008年5月ICONIC CO., LTD. を設立。ベトナム、日本、インドネシア、マレーシアで人材総合サービスを展開中。

記事をシェアする

関連する記事