【ベトナム人も知らない?】ベトナム歴史上の豆知識3選

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こんにちは、ベトナム滞在歴がそろそろ半年になりつつあるNguyen(純日本人)です。

 

さて、弊社のブログを読んでいただいている方には、以下3タイプの方がいらっしゃると思います。

 

①ベトナム国内で勤務されている方
②ベトナムでの転職を希望されている方
③ベトナムへの移住は考えていないものの、旅行者や出張者として興味をお持ちの方

 

しかし、ベトナムの交通事情という記事など、「そんなことは見なくても知ってるよ!」のような声をお聞きすることがあります。
そんな中、どのタイプの方にも、「この情報を知っておくだけでも読んだ甲斐があった!」と感じて頂けるようなトピックスを考えてみました。

 

それは、「ベトナム歴史上の豆知識3選」です。
皆さんから「へぇ~なるほど!」と言われるような記事を目指していま。

解説を入れる分、長くなってしまうので、今回は3つの例を厳選して取り上げてみます。

 

 

1.そもそもなんでベトナムという国名になったの?

19世紀初めに、ベトナム最後の王朝である阮朝(皇帝がNguyenという姓)が始まりました。

今から約200年前となるこの時代では、「中国と国境を接している周辺諸国(朝鮮、ベトナム、ネパール、沖縄など。鎖国中の日本を除く)が中国の皇帝へ「○○国王として、清国皇帝の代わりに△△国を統治してもいい」という許可が必要な冊封体制でありました。

そのときに、阮朝の創始者である阮福暎という人が清国に依頼した国名が「南越」と言われています。しかし、この国名を清国から断られてしまいました。その背景として、主に以下の理由が挙げられています。

 

【阮福暎が「南越国」と申請した理由】
中国浙江省の地域は昔から「越」と呼ばれていて、その南側にある国だからという説が多いです。
越国については、臥薪嘗胆の話でよく出てくる国名ですね。

 

【清朝から「南越国」という国名を断られた理由】
実は紀元前の時代に、「南越」という国が中国に実在していました。
この国は広東地方(今の広州、香港周辺)にあったと言われていますが、阮朝がその国名を使うことで、中国南部まで領土を広げてくるのではないかという野心を警戒されたためと言われています。

 

【結果、どうなった?】
結局、清国の出した答えは「南越を反対にして、越南ならいいよ!」という答えでした。
この「越南」という漢字をベトナム語にすると、Việt Nam、つまりベトナムとなる訳です。

越南
位置関係はこんな感じです。

 

 

2.ベトナムって、いつから漢字が使われなくなったの?

よく友人から、「ベトナムって漢字を使うんだっけ?そもそもベトナム語ってあるんだっけ?」と聞かれることがあります。もちろんベトナムという国の歴史において、漢字と無縁だった訳ではありません。

 

日本もそうであったように、中国から漢字文化を取り入れた国は少なからずあります。ベトナムもその中の1つです。しかし、朝鮮と同じく、現在の中国語と言語体系が異なったり、日本における「ひらがな」のように広く普及しようという工夫に乏しかった為、なかなか深くまでは普及しなかったと言われています。

 

一方、今のベトナム語であるクオック・グーは皆さんも御存知の通り、「アルファベットに声調を付け足したもの」です。これは、フランス人宣教師、アレクサンドル・ドゥ・ロードのベトナム語のローマ字転写法によって、1651年に発明された文字と言われています。その後、改良を繰り返されながら普及されるようになり、1945年のベトナム独立時にベトナム語を表記する文字として採用されました。

 

ただ、1945年以前の王朝時代まで国字が漢字であったことを踏まえてみても、「フランスが植民地としていた頃、中国からの漢字が気に食わないから勝手に変えた」というのではなく、普及度合いを見た適切な改革であったということが分かりますね。

 

従って、「昔は漢字を使われていたが、現在のベトナムでは中華街在住の人を除くと、漢字を使うベトナム人はほとんどいない」ということになります。

 

トイレ ベトナム

ちなみに、このトイレ表記はベトナム語ですが、中国語でも男はNam、女はNuと言います!
これが偶然か必然かどうかは、また今度調べてみます。

 

 

3.いつからベトナム人は日本へ留学するようになったの?

私の友人でも日本に留学中のベトナム人がいますが、このニュースによると、日本に来るベトナム人留学生は2009年から19倍にも増えているそうです!
http://www.ifsa.jp/index.php?1312-top

この傾向は一過性のあるブームかもしれませんが、ベトナム人留学生は100年以上も前から来ていたって御存知でしたか?

 

それは、東遊運動という「フランスから独立するために、日露戦争で勝利したアジアの先進国日本から近代化を学ぶという留学促進活動」です。こちらのリンクにも記載されているように、この活動の中心社であるファン・ボイ・チャウを支援した日本人もいましたが、当時日本とフランスは同盟国であったため、1909年にはベトナム人の国外退去命令が出てしまうことになります。
http://www.asaba.or.jp/machiokosi/vietnam/kouryu.htm

 

日本が第二次世界大戦中にベトナムを一時的に支配していたという見方もありますが、それよりも「同じアジアの民族がフランスの支配から解放してくれた」と捉えられるケースも少なくありません。そのような背景もあってか、ベトナム人の親日度や日本語に対する勉強意欲はASEAN諸国の中でも際立っていると私は感じています。

 

 

いかがでしたでしょうか?

国、言葉、留学のいずれをテーマとして選んだとしても、ただサブカルチャー好きという理由だけでベトナム人が親日と決めつけるよりも、歴史的な観点から俯瞰的に捉えることは大事だと改めて思います。

 

ベトナムの歴史といえば「ベトナム戦争の暗い過去」をイメージされる方もいらっしゃるかもしれませんが、歴史を振り返るからこそ「根拠のある前向きな認識」に繋がっていくのではと考えています。

 

真面目なレポートみたいになってしまいましたが、これからもインターンの後輩やベトナム人社員から「為になる情報」をこのブログで発信してもらえるように祈っています!

 

Nguyen

ICONIC

こんにちは、4月からICONICでインターンシップをしている Nguyenです。 日本語が上手いベトナム人ではなく、ベトナムによくある姓を勝手に名乗っている日本人です(笑)

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