2025年。今からちょうど50年前の1975年、ベトナム戦争が終結しました。
長く続いた戦いは、多くの犠牲を生み、国全体に深い傷跡を残しました。
戦争の記憶は時とともに薄れゆくものですが、それを未来へ伝え、私たちが学ぶべき教訓を残すための場所があります。
それが、ホーチミンにある「戦争証跡記念館」です。
戦争を直接経験していない私たちにとって、この記念館は単に知識を得る場ではありません。
戦争の真実を目の当たりにし、平和の大切さを自分自身で考える機会となる場所です。
この記事では戦争証跡記念館の全体像を紹介しながら、その価値と魅力を伝えていきます。
記事を読んで「自分の目で確かめたい」と思ってもらえたら嬉しいです。
戦争証跡記念館の基本情報とアクセス
戦争証跡記念館(英語名:War Remnants Museum)は、ホーチミン市の中心部に位置し、観光客でもアクセスしやすい場所にあります。市内の主要観光スポットからも近く、タクシーやバイク、バスなどの交通手段で簡単に訪れることができます。
所在地:28 Vo Van Tan, Ward 6, District 3, Ho Chi Minh City, Vietnam
営業時間:毎日7:30~17:30
所要時間:2時間程度
入場料:大人 40,000 VND(約240円)
※記事内の情報は2025年2月時点のものです。(1円 = 167VNDで計算)
日本語音声ガイドの現状
筆者が訪れたのは2025年2月9日。事前情報では日本語音声ガイドがあると調べていましたが、館内のスタッフに確認したところ、現在メンテナンス中とのことでした。
しかし、現在は展示品の横にQRコードが付けられており、スマートフォンのカメラで読み取ることで、多言語対応した解説文章を読むことができます。ただし、このシステムはまだ設置途中で、すべての展示に対応しているわけではありません。今後、完全に整備される可能性が高いと考えられます。
入口・屋外エリア – 戦争の痕跡に触れる
記念館の入り口に入ると、まず目に飛び込んでくるのが戦争で実際に使用された戦車や戦闘機、爆弾などの兵器展示です。
展示されている兵器の一つ一つには詳細な解説があり、その特徴や用途が説明されています。
3階:歴史的真実と回想
戦争証跡記念館は、3階から順に下へ降りながら見て回る動線設計になっています。
最上階の3階は、ベトナム戦争の全貌を知るための核心的なエリアです。
このフロアには5つの常設展示があり、
それぞれ①歴史的真実、②回想、③ベトナムー戦争と平和ー、④戦争における枯葉剤、⑤白い鳩、と題されています。
①歴史的真実
ここでは主にフランスからの独立とアメリカの関与の歴史を明らかにしています。
19世紀の終わりごろ、ベトナムはもともと独立した国家でしたが、フランスによる植民地支配を受けることになります。その後、ホー・チ・ミン率いるベトナム独立同盟がフランスに勝利。この結果、フランスはベトナムから撤退しました。
フランスが撤退した後、ベトナムは「北ベトナム」(共産主義)と「南ベトナム」(資本主義)に分裂しました。この分裂の背景には、アメリカとソ連の冷戦が関係しています。
アメリカは、共産主義の拡大を防ぐために南ベトナムに政治的干渉を深め、その結果国内では反発が強まりました。
このように、アメリカ軍の侵略戦争に関して重要な意味を持った出来事が紹介されています。
②回想〜④戦争における枯葉剤
こちらはひと続きの部屋に展示されており、主にフォトグラファーが撮った写真の紹介を通してその悲惨さを描写しています。
様々な関連写真の展示やその背景の記述だけではなく、ベトナム戦争が原因で命を落としたり行方不明になったりしたフォトグラファーも紹介されています。
また、人々に甚大な影響を及ぼした枯葉剤に関しては、日本の写真家である中村梧郎さんによる解説文を引用しています。
中村氏は枯葉剤の影響で結合双生児として生まれたベトちゃんとドクちゃんを世界に報道した人として有名な写真家で、ベトちゃんとドクちゃんの幼少期の写真も展示されています。
⑤「白い鳩」
ここでは、枯葉剤の影響で奇形の障がいを持った人たちが大人になり、創作した民芸品等を展示している場所となります。
他の展示室とは雰囲気が異なり、カラフルな民芸品や絵画が展示されています。
次の章では、2階の展示内容について詳しく紹介します。
2階:侵略戦争の罪悪と枯葉剤の影響
2階の展示は、戦争の非人道的な側面を強く伝えるエリアです。
このフロアには2つの展示室があり、
それぞれ⑥侵略戦争の罪悪、⑦ベトナムでのアメリカの侵略戦争における枯葉剤の余波、と題されています。
⑥侵略戦争の罪悪
ここではアメリカ軍が国際的に禁止されている手法を用い、市民を非人道的に扱った記録が展示されています。
日本語の解説なかったものの、拷問の様子やもがき苦しむ人々の写真が並び、写真を見ただけでも戦争の壮絶さが伝わってきました。
「ベトナムはアメリカの最新軍事武器の効果を実験する場となってしまった。」という印象的な解説文があり、まさにその現実を目の当たりにしました。
また、銃弾や武器の展示が続き、実際に使用された弾丸を目にすることで、戦争の恐ろしさをよりリアルに感じられます。
⑦ベトナムでのアメリカの侵略戦争における枯葉剤の余波
ベトナム侵略戦争の中でアメリカは様々な種類の爆弾を使用し多くの犠牲者を出しただけではなく、ベトナム国内革命軍の動きを妨げるために有毒化学物質を使用したことが詳細に説明されています。
解説によると、1961年から1971年までにアメリカ軍は約8,000万リットルの有毒化学物質を散布し、そのうち61%は366kgのダイオキシンを含むエージェントオレンジ(枯葉剤)であったとのことです。
散布前と散布後の土地の比較画像や、破壊されたマングローブの写真が展示されています。
また、展示後半では実際に枯葉剤の影響を受けた人々の写真が並び、腕がないが足でペンを握る子供、さまざまな障害を抱えながらも生きる人々の姿が描かれています。
実際に彼らの絵やノートも展示されており、「障害があっても希望がある」ことを訴える内容でした。
⑧は「会議室」ですので、旅行者が利用することはありません。
次の章では、1階の展示内容について詳しく紹介します。
1階:世界の反戦運動とベトナムへの支援
1階の展示は、ベトナム戦争に対する世界の反応や、戦後の支援活動に焦点を当てています。
⑨世界は1954〜1975年の抗米救国戦争を支持
このゾーンでは、世界の各地域別に諸国がどのような形でベトナムを支援していたのかが紹介されています。
日本からも多くの支援が寄せられ、山崎博昭氏をはじめとする反戦活動家の紹介、反戦を訴える旗やデモの記録写真が展示され、各国の連帯の様子が伝えられています。
後半では、ベトナム戦争終結後も、戦争の爪痕は深く残り、枯葉剤の影響が今なお続いていることが訴えられています。
政府や非政府組織(NGO)が中心となり、被害者支援や汚染された土地の浄化活動を実施しており、特にダナン空港周辺のダイオキシン汚染除去には、国際的な組織が多数関与し、大規模なプロジェクトが進められたことが記録されています。
ベトナム国内外からの支援を受けながら、被害を受けた人々が新たな人生を築くための取り組みが続いていることが伺えます。
屋外展示:捕虜制度と収容所の実態
出入り口付近へ戻ると、戦時中に捕虜となった人々がどのように扱われていたかを示す屋外展示室があります。このエリアでは、一般市民でさえも捕虜として拘束され、管理されていた事実が明らかにされています。
拷問のために用いられた器具や武器が並び、当時の捕虜がどのように扱われていたのか、また奥へ進むと実際に使用された収容所の部屋の模型が展示されており、劣悪な環境で生きることを強いられていたことがわかります。
以上がこの戦争証跡記念館の展示になります。
まとめ
戦争証跡記念館は、ベトナム戦争の歴史を単に振り返るだけではなく、戦争の影響が今も続いていることを伝える場所です。訪問を通じて、戦争の悲惨さを直接感じ、平和の大切さを深く考える機会となるでしょう。
ホーチミンを訪れる際には、ぜひこの記念館に足を運び、自分の目で展示を見て、感じたことを考えてみてください。旅の一環として訪れることで、より深い学びや気づきを得られるはずです。
最後までお読みいただきありがとうございました。
(本記事に掲載している博物館の展示画像は、博物館の許可を正式に取得した上で掲載しております。)
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