【タイ労働法コラム】第19回:雇用契約書に関する考え方

GVA法律事務所・タイオフィス代表の藤江です。本コラムでは、タイの労務管理について、日本との違いを踏まえた上で、法的に解説していきます。
今回は、従業員を採用する際に作成すべき雇用契約書について解説します。

 

雇用契約書の作成義務

タイの労働者保護法(以下「LPA」といいます。)では、従業員を採用するに際して雇用契約書の作成は義務付けられていません。しかしながら、口頭での合意だけでは、労働条件や待遇について、どのような内容の雇用契約が成立しているのか客観的に明らかでないという問題があります。そのため、従業員を採用する際には、必ず雇用契約書を作成しておくべきです。

この点、タイでは、雇用契約書を作成せず、労働条件や待遇を明記したオファーレター(内定通知書)を採用予定者に交付するだけの企業が散見されます。たしかに、労働条件や待遇を明記したオファーレターは、雇用契約の内容を窺い知る助けとはなりますが、オファーレターはあくまでも企業の一方的な意思表示にすぎず、従業員側の意思を表示したものではありません。つまり、オファーレターに労働条件や待遇を明記しているからといって、必ずしも従業員がその内容を承諾したとは限らないと見ることもできるのです。そのため、オファーレターを交付するだけではなく、必ず従業員側の意思表示でもある雇用契約書を作成するようにしましょう。

 

雇用契約書に記載すべき事項

雇用契約書を作成する際、労働条件や待遇についてきちんと明記すべきことは言うまでもありません。具体的には、期間の定めの有無(期間の定めがある場合はその期間)、勤務場所、所定労働時間、休日・休暇、賃金、定年その他退職に関する事項などであり、日本の場合と大きな差異はありません。

もっとも、次の三点については、時折、タイでトラブルとなっているケースが見られますので、雇用契約書作成時にも意識しておくべきです。

一点目は、業務内容・職種です。例えば、総務で働いていた従業員を営業に従事させるなど、配置換えを行う際、従業員から「営業職として働く可能性があるとは聞いていない」等と言われ、トラブルに発展することが少なくありません。そのため、従業員が従事する可能性のある業務内容や職種をきちんと雇用契約書に明記しておき、トラブルを予防することが必要です。

二点目は、従業員が遵守すべき服務規律です。これは、従業員を懲戒解雇しようとするときに問題となりやすい事項です。タイでは、懲戒解雇できる場合が法律上限定的に列挙されており(LPA119条)、その中の一つに、「使用者が文書で警告書を交付したにもかかわらず、就業規則、社内規程又は使用者の合法かつ合理的な命令に違反した場合」があります。そして、これを根拠として懲戒解雇するケースが多いのですが、明示的に定められた服務規律に従業員が違反したケースでなければ、「就業規則、社内規程又は使用者の合法かつ合理的な命令に違反した」と言えず、懲戒解雇が無効とされてしまうおそれがあります。そのため、雇用契約書できちんと服務規律を明記しておくことが必要です。

三点目は、職務発明や職務著作など知的財産の取扱いです。例えば、タイの特許法では、従業員の発明の特許を受ける権利はその契約で別段の合意がない限り企業に帰属しますが(タイ特許法11条)、タイの著作権法では、従業員の著作物の著作権が、日本とは逆に、書面での別段の合意がない限り従業員に帰属し、企業はこれを公衆に伝達する権利があるにとどまります(タイ著作権法9条)。それゆえ、後々、自社に知的財産権がないという事態や知的財産権をめぐるトラブルに陥ることを防止するため、雇用契約書でその帰属や対価について定めておくことが必要です。

 

まとめ

以上のとおり、従業員を採用する際には、後のトラブルを防止するため、雇用契約書を作成しておくことが重要です。また、雇用契約書の内容については、特に就業規則がない場合には、従業員が従事する可能性のある業務の範囲や起こりうる事態について入念に検討したうえ、できる限り不足のないようにしておくべきです。

 
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GVA法律事務所パートナー
タイオフィス代表・日本国弁護士:藤江 大輔
Contact: info@gvathai.com
URL: https://gvalaw.jp/global/3361

日本国弁護士

日本国弁護士

ICONIC

09年京都大学法学部卒業。11年に京都大学法科大学院を修了後、同年司法試験に合格。司法研修後、GVA法律事務所に入所し、15年には教育系スタートアップ企業の執行役員に就任。16年にGVA法律事務所パートナーに就任し、現在は同所タイオフィスの代表を務める。

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