GVA法律事務所・タイオフィス代表の藤江です。本コラムでは、タイの労務管理について、日本との違いを踏まえた上で、法的に解説していきます。
今回は、就業規則の効力と変更手続について解説します。
就業規則とは?
タイにおける就業規則も、日本における就業規則と同じように、従業員の勤務条件についてまとめた規則類を意味します。タイでは、10人以上の従業員を雇用するときには、従業員が10人以上となった日から15日以内に、タイ語で、就業規則を作成しなければなりません(労働保護法108条1項、2項)。もっとも、労働条件を統一化して公平で効率的な事業運営を図るといった目的から、従業員が10人未満であっても、就業規則を作成している企業も多くみられます。
この就業規則では、労働日、労働時間、休日、時間外労働、賃金、服務規律、解雇等の労働条件について詳細に定めておく必要があります(労働保護法108条1項)。
就業規則が労働条件協約とみなされる可能性
事業場の従業員数が20名以上である会社は、就業規則とは別に、従業員の代表との間で労働条件に関する交渉等や合意を経て、労働日、労働時間、賃金、解雇等について定めた労働条件協約を作成しなければなりません。これは、労働者保護法ではなく、労働関係法という別の法令で求められているものです(労働関係法10条1項、13条以下)。
そして、事業場の従業員数が20名以上であるにもかかわらず、労働条件協約を取り交わしていない場合には、就業規則が労働条件協約とみなされることになっています(労働関係法10条3項)。このため、多くの在タイ企業が、労働条件協約を別途設けることなく、就業規則をもって労働条件協約としている状態にあるのではないかと思われます。
就業規則が労働条件の最低ラインとされる可能性
日本では、就業規則には勤務条件の最低ラインを設定するという効力(最低基準効といいます。)があります。この最低基準効によって、就業規則を下回る勤務条件は、たとえ本人と合意していたとしても無効とされ、就業規則に定められた勤務条件が適用されることになるのですが、この点についてタイではどうでしょうか。
まず、タイでは、最低基準効を「就業規則」に認める法令は見当たりませんが、「労働条件協約」にはこれが認められています。就業規則と労働条件協約とは少し扱いが違うことに注意してください。会社に労働条件協約が存在する場合、従業員との間で個別に取り交わした雇用契約などで、労働条件協約よりも不利な勤務条件を定めていた場合(例えば、労働条件協約よりも賃金額が低い場合や労働時間が長い場合)、たとえ従業員が同意していても、その定めは無効とされます(労働関係法19条、20条)。
したがって、事業場の従業員数が20名以上の場合は、①労働条件協約か、又は②労働条件協約とみなされた就業規則が、従業員の勤務条件の最低ラインとされる可能性があります(※ただし、過去の判例には就業規則が労働条件協約とみなされただけで直ちに最低基準効が生じるわけではないと判断するものも存在します)。したがって、従業員の勤務条件を決める際には、就業規則を下回る労働条件にはしないよう徹底しておくべきでしょう。
なお、事業場の従業員数が20名に満たない場合には、就業規則が労働条件協約とみなされることはありません。したがって、最低基準効も生じないと考えられますが、少なくとも就業規則を下回る内容に従業員が真意で同意したのか?といった合意の有効性に関する問題が生じる可能性は残ります。したがって、事業場の従業員数が20名に満たない場合でも、やはり従業員の勤務条件を決める際には、就業規則を下回る内容としないよう徹底しておくべきです。
就業規則を変更するには?
日本では、労働契約法9条の条文解釈として、従業員の個別の同意を得れば、就業規則を従業員にとって不利益に変更できるとされているほか(反対説もあります)、たとえ従業員との合意がなくとも、従業員の受ける不利益の程度、変更の必要性、変更後の内容の相当性等を踏まえて変更が合理的である場合には、会社が就業規則を変更できることとされています(労働契約法10条)。では、この就業規則の変更に関して、タイの場合はどのように考えれば良いのでしょうか。
(1)従業員が20名以上の場合
繰り返しになりますが、従業員が20名以上である場合は、①労働条件協約か、又は②労働条件協約とみなされた就業規則が存在するはずです。そのため、その変更は、労働条件協約の変更として扱われます。そして、タイ法では、労働条件協約を変更しようとする場合、従業員側に変更に関する要求をまとめた通知書を交付し、従業員側と交渉して合意に至るといった所定の手続を踏まねばならないとされています(労働関係法13条〜18条)。
なお、このような手続を経なければ絶対に変更できないかというと、必ずしもそうとは言えないようです。判例には、このような手続を踏まなかった場合について、従業員から個別の同意を得ることによって変更を認めたものもあります。しかし、日本の場合と異なり、変更の合理性を根拠として、従業員の同意なく変更を認める法令や判例は見当たりません。
上記の判例が影響しているのか、実務上は、労働条件協約の変更に際して、全従業員から同意を得るという方法が選択されることが多いように思われます。もっとも、この方法による場合でも、特に従業員にとって不利益に変更する場合には、やはり真意に基づく同意であったのかといった問題が生じる可能性はあります。したがって、変更内容について従業員に説明する機会や従業員の意見を聴く機会を十分に持ったうえで従業員から同意を得るなど、様々な配慮をしておくことをお勧めします。
(2)従業員が20名未満の場合
従業員が20名未満である場合は、就業規則は、労働条件協約とはみなされません。したがって、就業規則の変更に際して、上述の手続に従う必要はないことになります。しかし、会社が一方的に自由に変更できるわけではなく、従業員から同意を得ることが必要ですし、その場合には前述の問題が生じうること、同意を得る過程で十分な配慮が必要であることは(1)の場合と同様です。
作成や変更の際には十分な検討を
以上、タイにおける就業規則の効力や変更手続について概観しました。
簡単に整理しておくと、タイでも、日本と同じように就業規則に労働条件の最低ラインを設定する効力(最低基準効)があると考えておくべきです。また、就業規則の変更については、日本と異なり、変更が合理的であれば変更できるというわけではないことに注意すべきでしょう。そのため、就業規則を作成する際には、その内容が労働条件の最低ラインとなるのだという意識のもと、後々、できる限り不利益に変更する必要に迫られぬよう、慎重に作成する必要があります。また、就業規則を従業員にとって不利益に変更する場合には、従業員の納得を得られるよう十分な配慮をする必要があります。
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