GVA法律事務所・タイオフィス代表の藤江です。本コラムでは、タイの労務管理について、日本との違いを踏まえた上で、法的に解説していきます。
今回は、従業員の研修費用に関する考え方について解説します。
研修費用の負担
日本企業でもタイ企業でも、教育訓練として、従業員に様々な研修を受けさせることがあります。このような研修に関して問題になるのが、研修費用をどのように処理するかです。
まず、日本では、研修費用を誰が負担するかは、主として研修の性質によって決定されます。つまり、その研修が、一般的な新入社員教育のように、会社が当然に行うべきものなのか、そのような性質の研修ではなく従業員が自己研鑽として自発的に受けるものなのかを区別します。そして、前者については会社が負担すべきであるが、後者については、従業員の負担とすることも可能と考えられています。
他方、タイでは、研修費用を誰が負担するかの判断においては、主として、その研修を誰が命じたのかが区別の指標になっていると考えられます。すなわち、従業員が自由な意思に基づき自発的に研修を受ける場合には、たとえそれが業務に役立つものであったとしても、研修費用を従業員の負担とすることは許されているようです。しかしながら、会社が従業員に命じて研修を受けさせたにもかかわらず、その費用を従業員の負担とすることは、たとえ事前に合意があったとしても、不公正または不合理なものとして合意が無効とされ、従業員に研修費用を請求できない可能性があります。
研修費用を会社が負担する代わりに一定期間の就労を義務付けることは可能か?
では、一歩進んで、上記の基準にしたがって、従業員負担とすることが可能な研修費用について、会社と従業員との間で、従業員への貸付けとして会社が負担しておき、研修後一定期間就労すればその返還義務を免除する、といった合意をすることはできるのでしょうか。
例えば、従業員が語学トレーニングに通う費用を会社が立て替える場合を想定してみましょう。従業員が自発的に語学トレーニングを希望する場合、上の基準に従えば、これは従業員負担とすることが可能な研修になります。これを一時的に会社が立て替えた場合、本来、従業員はこれを弁済する必要がありますが、福利厚生の一環として、「一定期間就労してくれたら研修費は弁済しなくてよい」とするような場合です。
まず、日本では、返還対象とされる金額の合理性、就労すべきとする期間の長さや研修の実態等を考慮して、上記のような研修費用の貸付に関する合意が、事実上従業員の退職の自由を奪うような効果をもつ場合には、違法となると判断されます(労働基準法第16条)。
この点、タイの判例でも、会社と従業員が、会社が研修費用を全額負担する代わりに3年間の就労を義務付ける合意をした事案について、3年間の拘束が長期に過ぎ不公正または不合理なものであるとして期間を1年間に縮減したうえで合意が有効とされたケースがあり、日本と同様の考え方をしているようです。
この判例に従えば、タイでも、研修費用を会社負担とする代わりに一定期間の就労を義務付けることは可能ですが、それが従業員を不当に拘束するものであってはなりません。ただし、拘束できる期間は一義的には決まらず、個別具体的な事情によって異なると考えられます。
研修費用の控除は可能か?
さらに、従業員の負担とすることが可能な研修費用を毎月の賃金から控除することはできるのでしょうか。この点については、研修費用は、賃金からの控除が許容される「労働者のみの利益となる福利厚生のための負債の支払」(労働者保護法第76条1項3号)に該当するため、控除できると考えられます。
ただし、賃金から控除するためには従業員から事前に書面による同意を得ることが必要ですし、原則として、毎月の賃金から控除できる額が賃金額の10%以下、かつ、他の控除すべきものとの合計額が賃金額の20%以下でなければならないという制限もあります(労働者保護法第76条1項3号、2項、77条)。
技能開発振興法に注意を
なお、研修に関連して、タイでは、技能開発振興法により、原則として、100 人以上の従業員を抱える会社は、1年間に、全従業員の 50%の従業員に対して、技能訓練を行う必要があり、これを行わない場合には、その程度に応じて納付金を納めなければならないこととされています。また、行うべき技能訓練には、業務に関連する知識や技能の向上のためのものなど所定の類型があり、技能訓練の時間や人数にも基準が設けられています。
それゆえ、実施すべき技能訓練の内容や時間等を事前に十分に把握し、適切なカリキュラムを組んで実施しなければ、想定外の納付金を納めなければならない事態にも陥りかねませんので、注意が必要です。
まとめ
以上のとおり、タイでは、研修費用を従業員の負担とすること、会社負担とする代わりに一定期間の就労を義務付けること、研修費用を賃金から控除することを比較的許容する傾向にあるようです。
しかしながら、会社の業務に不可欠な研修を受けさせることは従業員のみならず、会社にとっても必要かつ有益なものです。したがって、今後、会社にとって厳しく判断する判例が出てくる可能性も十分に考えられるところであり、研修費用の一部に限って従業員の負担とする、従業員に就労を義務付ける期間をできる限り短く留める等、できる限りの配慮をしておくべきであろうと思われます。
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