【タイ労働法コラム】第21回:在宅勤務の注意点

GVA法律事務所・タイオフィス代表の藤江です。本コラムでは、タイの労務管理について、日本との違いを踏まえた上で、法的に解説していきます。今回は、従業員に在宅勤務をさせる場合について解説します。

 

法令の適用

まず、前提として、在宅勤務であっても、会社に出社して勤務する場合と同様、労働者保護法(以下「LPA」と言います。)その他の労働関係法令はいずれも適用されます。そのため、在宅勤務制度を設計し運用する際にも、法令上のルールに違反しないよう注意しなければなりません。

 

就業場所や備品等

まず、従業員を在宅勤務させる場合、就労場所が自宅となるわけですから、雇用契約書で特定の場所(例えば特定の支店)を就業場所として定めているような場合には、念のため、従業員との間で、会社が在宅勤務を命じることができるという合意をしておく方がよいでしょう。個別に同意を得ることが困難な場合は、在宅勤務規程などを策定することも1つの方法として有益でしょう。

また、在宅勤務のためにパソコンその他端末を購入するなど備品の準備や設備が必要な場合もあります。金額や必要性の程度にもよりますが、それらに要する費用を全て従業員の負担とすることは避けるべきしょう。業務遂行に必要な備品や設備を整えることは基本的に会社側の責務なので、例えばパソコンが必要なのであれば、会社が購入して従業員に貸与するといった運用が必要です。しかし在宅勤務の場合、例えばネット回線費用や水光熱費のように、業務のために費やされたのか私的に費やされたのか区別が困難な費用も生じます。

そのような区別困難な費用が生じる場合は、例えば、在宅勤務手当のような特別な手当を創設し、一定額を支給することにより解決することが考えられます。もっとも、その場合、この手当が割増賃金算定の基礎賃金とされる可能性があることに注意が必要です。

 

労働時間の把握

在宅勤務であっても、原則的には所定労働時間の範囲内でしか労働させることはできず、また、労働時間が所定労働時間を超えた場合には割増賃金が発生します(なお、タイでは、法定労働時間は原則として1日8時間ですが、これを下回る労働時間であっても所定労働時間を超える場合は割増賃金が発生することに注意が必要です)。そのため、会社にとっても従業員にとっても、労働時間を適切に把握して管理することが重要で、従業員とも協議しつつ、自社にとってどのような方法が適切で実現可能か検討することが必要です。

一般的には、従業員の始業時及び終業時に社内のメールやコミュニケーションツール(勤怠管理システムのみならず、Microsoft TeamsやSlackのようなものも含みます)で報告をさせ、これをもって始業時間、終業時間と把握している会社が多く、タイ法上も、これらによって労働時間を把握する方法で問題ないと考えられます。また、在席確認についても、適宜ログイン状況を確認できるようにしておく、やむを得ず業務を中断する場合には連絡させるといった方法が考えられます。

加えて、会社の業種・業態にもよりますが、無用の時間外労働が発生することを防止するという観点から、「従業員が自ら時間外労働を行おうとする場合には事前に会社に連絡して許可を得なければならない」という運用を採用して、管理上の負担を軽減することも有益です。

なお、LPAには、業務の性質上、事業場外で業務を行う必要があり、確定的な労働時間の設定が困難な業務に従事している従業員については、会社が割増賃金の支払義務を負わないこととされています(LPA65条1項6号)。しかしながら、一般的な在宅勤務の場合は、事業場外で業務を行う必要があるといえず、また、確定的な労働時間の設定が困難ともいえないと思われます。したがって、在宅勤務に従事する従業員について、この規定によって割増賃金の支払義務がないものと考えるべきではありません。

 

セキュリティ

在宅勤務の場合には、様々な資料を社外に持ち出して利用することや、社外からクラウドその他のデータベースにアクセスすることが想定されますが、これは情報漏えい等のリスクが高まることを意味します。そのため、会社としては、セキュリティ対策にも配慮する必要が生じます。端末にウイルス対策ソフトを導入することはもちろん、端末へのログイン時やクラウドへのアクセス時には厳重な認証を必要とする等の対策が求められますし、書類やデータの取扱いルールの見直しが必要となる可能性もあります。

 

まとめ

以上、在宅勤務を導入する際に注意すべき幾つかのポイントを概観しましたが、これらは注意すべきポイントの一部であり、本来的には、労働のあらゆる面についての検討、見直しが望まれます。また、その検討や見直しの過程では、従業員との合意や就業規則の変更が必要となる場面が出てくるかもしれません。

 
現在、コロナ禍により在宅勤務を導入している会社も多いと思いますが、コロナ禍が落ち着いた後も在宅勤務への社会的ニーズが残りむしろ高まることも想定されます。それゆえ、できる限り早期に、会社に合ったスタイルでの在宅勤務制度を設計し、臨機応変に運用できる状態にしておくことが望まれます。

 
<本記事に関するお問い合わせはこちら>

GVA法律事務所パートナー
タイオフィス代表・日本国弁護士:藤江 大輔
Contact: info@gvathai.com
URL: https://gvalaw.jp/global/3361

09年京都大学法学部卒業。11年に京都大学法科大学院を修了後、同年司法試験に合格。司法研修後、GVA法律事務所に入所し、15年には教育系スタートアップ企業の執行役員に就任。16年にGVA法律事務所パートナーに就任し、現在は同所タイオフィスの代表を務める。

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