ベトナム、集中隔離場所で

世界的なコロナウイルス流行が収まらないこの状況では、何をするにも困ってしまいますよね。この状況にいる全ての人々が同じように不満や不安を抱えながら日々の生活を送っていることでしょう。ベトナムでも社会的隔離政策のもと、思うように外出できない日々が続きました。しかしこの時期にこうした政策を取ることは、コロナウィルスとの戦いに従事している医療関係者や政府関係者など、多くの人々をサポートすることになっています。

そうした人々の中には長い期間家族と離れて病院で勤めなければならない医者もいます。また、隔離する必要のある人々や感染疑いのある人のためにベッドを譲らなければならない人もいます。政府と民間のこうした努力の結果、現在ベトナムでの感染者数は海外からの帰国者を含めても非常に低い状態が続いています(※7/6時点)。

この結果はそれまで取っていた規制・制限が緩和されることにも繋がりました。私たちベトナム人やベトナムに住んでいる外国人の皆さんは普段の生活を取り戻しつつありますが、コロナウイルスとの戦いを続ける人々のことを忘れてはなりません。

コロナウイルスの爆発的流行の発生から6月までの間に、「集中隔離施設」という言葉が私たちベトナム人の間でも身近になりました。皆さんがこの言葉を最初に聞いたときどう感じましたか?
暗い、息が詰まるような不衛生な場所、またはそこに入ると逆にコロナに感染してしまう場所…という印象をもった人もいるかもしれません。

施設に入る人の大多数は、海外からベトナムに帰国する留学生や労働者などです。隔離政策が始まるとこうした人たちはコロナ感染を避けるためにぞくぞくと帰国しました。ベトナムの政府が全ての人が入居対象であると宣言したこともあり、入国後すぐ各地の施設で14日間隔離される対策が取られました。

ソンテイ集中隔離
引用:https://bizlive.vn/kinh-doanh-quoc-te/mot-cong-dan-anh-noi-gi-ve-khu-cach-ly-tai-doanh-trai-quan-doi-o-son-tay-3538287.html

こうした対策が実行できたのは、軍事施設、学生寮、大学、病院など、入居の対象となる施設が短期間で改修されたことも一つの要因です。
しかし一方で、普段から豪華に生活することに慣れた人の言動が問題視されることもありました。

“隔離場所にいくのは疫病を避けるためであって、遊びに行くのではない“

それぞれが隔離を続ける中で、そのような言動が報道されているのをよく目にしました。けれども、結果としてこうした隔離施設の存在も、ベトナムがコロナの抑え込みに成功したひとつの要因であるいうことが言えるのではないでしょうか。

そして、そうした状況下でも人々が安心して生活できるようにするために、ベトナム軍の人たちが昼夜問わず対応を行っていたことも、ベトナムでは注目されていました。

例えば、隔離を続ける人々のために朝食を作る対応チームでは早朝から市場へ買い出しに行き、別のチームがその食材を使って料理を作るという形です。こうした連携の結果、隔離を続ける人たちが朝を迎えるころには、それぞれの部屋に栄養十分の温かい朝ご飯を渡すことができたのです。

朝食の後も、彼らは手を休めず、昼ご飯、晩御飯を準備などの対応を行います。また、新たに入居する人が出た場合は、彼らのためのシャトルバスや必需品の手配、また彼らの親類からの支援物資を運送したり、マクスを配ったりなども行っていました。

食事を準備する軍の人たち
引用:https://ct.qdnd.vn/chan-dung-nguoi-linh/nghia-tinh-trong-khu-cach-ly-524544

また施設の中では、コロナ感染を防ぐための体温検査や定期的な検診、検査キットの配布なども行いました。人々が不安を抱えずにコロナ対策のための規制を実行するため、こうした手厚いサポートを行っていたのです。

 

14日間の隔離期間

隔離されるとなれば、誰もが「どんな14日間が待っているのだろう?」と心配になるでしょう。

そこでは、映画を見ること、音楽を聴くことはもちろん、勉強したりおやつを食べたりなどといったことも、普段通りに活動することができます。また、免疫力を高めるために施設内で各種スポーツ活動に参加することも出来ます。

ハティン幼稚園の集中隔離場所では、入居者たちが一緒に掃除したり、野菜を植えたり、庭の花を世話したり…などということも紹介されていました。隔離という厳しい環境下でもこうした交流が生まれることもあるのですね。

また、多くのベトナム人タレントたちもこうした14日間の隔離措置を経験しましたが、彼らはSNSなどのメディアを通して、隔離のスケジュールや場所などを発信しました。これらは隔離施設に対する人々の見方を改善することに繋がりました。

例えば、Chau Buiというモデルは、ベトナムにおける若いファッション二スタで、ビンズオンで最初の隔離されたうちの一人です。
その隔離期間の間、彼女はよく自分の隔離生活の画像を更新しました。こうした活動は、これから隔離施設に入居する予定または可能性のあるベトナムの若者たちに対して発信されたのです。

スーパーモデルのHoang Yenとそのプロジェクトチームもまた、外国でのビジネスの後でビンズオンの隔離施設に入居しなければなりませんでした。
高級誌の表紙を飾る彼女ですが、入居後は他の人たちと同じように生活を送っている姿がSNSで配信されていました。
そうした投稿の中でも特に若者たちの注目を集めたのが下記の写真です。彼女の魅力的な存在感をよく表していますね。

ベトナムにおけるスーパーモデルHoang Yen
引用:https://www.tienphong.vn/giai-tri/chup-anh-o-khu-cach-ly-vo-hoang-yen-duoc-khen-dang-cap-nhu-anh-tap-chi-1628537.tpo

隔離施設とはいえ、祝日などのイベント・行事も普段通り行われます。

例えば3月にあった国際女性デーでは、入居する全ての女性にお花がプレゼントされました。
また、入居中に誕生日を迎えた人も多くいて、お祝いをする姿も目にすることがありました。確かにこれは特別の誕生日だといえるでしょうね。

いつもマスクを付けなければならいことを除いて、ここでの活動は日常生活とあまり違いはありません。

 

軍や医療関係者と人々の間にある関係

14日以上の隔離が終わった後、入居者は関連機関から認可書をもらい、それぞれの自宅へ帰ることになります。

14日間という期間を経て施設を出るときには、言葉にし難い複雑な感情を抱くことになるかもしれません。
実際に隔離期間を終えた人の中で施設で出会った人々、特に軍や医療関係者などに対して、次のように感謝の気持ちを表明する人もいました。

「こうした困難時でも、ベトナムは両手で広げて私たちを迎えてくれる国。14日の隔離期間が経ち、関係者たちは入居者に対してあらゆる手段を尽くしてくれた。私が入居した隔離施設ではハノイにある軍の施設で、彼らは私を本当の家族のように接してくれた。。」

 

疫病との闘い

“これは疫病との闘いである”という方針を政府は発表しました。
これに対して軍や医療機関をはじめとした関係機関が一丸となって、いまもこの戦いに挑んでいます。
こうした戦いの日々はベトナムに限らず世界各国でいまも行われています。
まだまだ先の見えないことも多い状況ですが、日々のできることから実践していきたいですね。

 

本記事はVIETJO Lifeに掲載されています。
連載コラム:【日本人が知らない】ディープなベトナム案内

 

人生は一度きり!

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ICONIC

大学で日本語学科を専攻していましたHanです。2013年よりICONICでアルバイトとして働き始めました。かれこれ7年もの間、いろいろな外国人の方と接する機会をいただいています。人生は一度きりなので、これからも有意義に楽しんでいきたいと思います。

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