退職時の金銭に関するQA

Q 労働者が会社を退職する際に、会社は労働者に何らかの退職金又は補償金等を支払う必要がありますか。

1. はじめに

会社が労働者との労働契約を終了する場合、労働契約の終了事由等に応じて会社は労働者に一定の金銭を支払わなければならないことがあります。
本稿では、どのような場合にどの程度の金銭の支払いが必要となるか等を中心に説明します。

2. 労働契約の終了時に支払いが必要となる金銭

「労働法」(2012年6月18日付け、10 号/2012/QH13。)第48条及び第49条は、会社及び労働者の間の労働契約が終了した場合の手当金の支給について規定します。
すなわち、「労働法」第48条は「退職手当」(Trợ cấp thôi việc)について規定し、「労働法」第49条は「失業手当」(Trợ cấp mất việc làm)について規定します【1】。

これらは、その用語が似ていることに加えて、労働者に対して支給が必要となる事由が双方ともに労働契約の終了という意味では同一であることから、両者は同じものを指していると勘違いされている方が少なくありません。また、そうでないとしても、両者の違いについて正確に理解できていない方が多いように思われます。
したがって、まずはこのように似て非なる2つの手当金があることをご理解ください。


1 「退職手当」、「失業手当」とも訳されます。
もっとも、「労働法」は、「phụ cấp」という用語と、「trợ cấp」という用語を分けて使っており、一般には双方ともに「手当」と訳されますが、「労働法」上の用語の使い分けを見る限り、必ずしも明確ではないものの、前者は、労働契約に基づいて使用者が労働者に支払う「賃金」に含まれる概念であるのに対して、後者は、産休等の場合に社会保険から支給される金銭や、本稿で紹介する退職時に支給される金銭等、労働契約の内容とは関係なく一定の要件を満たした場合に支給される金銭を指しているように思われます。
そこで、本稿では、前者の「phụ cấp」を「手当」と訳し、後者の「trợ cấp」を「手当(金)」と訳すことを前提に、「Trợ cấp thôi việc」は「退職手当」と訳し、「Trợ cấp mất việc làm」を「失業手当」と訳しています。

 

3. 労働契約の終了事由

退職手当及び失業手当は、会社及び労働者の間の労働契約が終了した場合に労働者に一定の金銭が支給されるものです。
そこで、退職手当又は失業手当の支給が必要となる具体的事由等の説明の前提として、そもそもどのような場合に会社及び労働者の間の労働契約が終了するか確認します。
「労働法」第36条は、以下の場合に労働契約が終了する旨規定します。

①期間満了 契約期間が終了したとき。但し、労働法第192 条第6項で規定する場合(労働組合の非専従幹部の場合)を除く。
②業務完了 労働契約に規定された業務が完了したとき。
③合意解除 両当事者が労働契約の解除を合意したとき。
④定年退職 労働者が労働法第 187 条の規定に基づいて、社会保険の加入期間及び定年退職の年齢に関する条件を満たしたとき。
⑤刑事罰等による労務提供不能 法的に強制可能な裁判所の決定に基づいて、労働者が懲役若しくは死刑となり、又は、労働契約に記載された業務の継続が禁止されたとき。
⑥労働者の死亡等 労働者が死亡し、又は、裁判所より、民事行為能力を失った、失跡した若しくは死亡したと宣言されたとき。
⑦使用者の経営終了等 個人である使用者が死亡し、又は、裁判所より、民事行為能力を失った、失跡した、若しくは死亡したという認定決定書を出されたか、又は、個人ではない使用者が経営を終了したとき。
⑧使用者による懲戒解雇 労働者が、労働法第125条3項の規定に基づく規律違反で解雇されたとき。
⑨労働者による労働契約解除 労働者が、労働法第 37 条の規定に基づき労働契約を一方的に解除したとき。
⑩使用者による労働契約解除 使用者が労働法第 38 条の規定に基づき、一方的に労働契約を解除したとき。使用者が、組織又は技術の変更、経済上の問題、企業の合併、統合又は分割の理由で労働者を解雇したとき。

 

4.「退職手当」の支給(「労働法」第48条)

上記3の労働契約の終了事由に対する理解を前提に、退職手当が支給される要件を紹介します。退職手当は、以下の(1)及び(2)の要件を満たしたときに支給が必要となります。

(1)上記3の労働契約の終了事由のうち、④定年退職及び⑧使用者による懲戒解雇の場合を除く全ての場合で、
(2)労働者が使用者の下で12ヶ月以上勤務していること。

 

※なお、労働者が法律に反して一方的に労働契約の解除を行った場合には退職手当の支給は不要となる(「労働法」第43条第1項)。

この要件を満たした場合、会社が労働者に支給する退職手当の金額は、勤務期間1 年につき半月分の賃金に相当する金額となります。よって、退職手当の金額は以下の式によって計算されます。

計算の基礎となる賃金×(勤務年数×0.5)

この「計算の基礎となる賃金」は、労働者が退職する前の連続する6ヶ月の労働契約に基づく月の平均賃金となります。
もっとも、会社から見たときに最も重要な点は、退職手当の算出の基礎となる「勤務年数」は、労働者が使用者のために実際働いた期間から、「労働者が社会保険法の規定に基づき失業保険に加入していた期間」及び「使用者から退職手当が払われていた期間」を除いた期間とされていることです。失業保険の制度は2009年1月1日から始まっているため、この時点から失業保険に加入している会社の場合、2009年1月1日以降の労働者の勤務期間は、退職手当の算出の基礎となる「勤務年数」からは除かれることになります。また、2009年1月1日より前から勤務している労働者の場合も、同日までの勤務期間のみが退職手当の金額の算定に加わることになります。

以下、2つの例で、退職手当の計算方法を紹介します。

例1:2010年1月1日に入社した労働者との労働契約を終了する場合。
⇒上記計算式における「(勤務年数×0.5)」の部分は0になる。
⇒会社が負担する金額は0になる(式は、「計算の基礎となる賃金×0」)。

例2:2008年1月1日に入社した労働者との労働契約を終了する場合。
⇒上記計算式における「(勤務年数×0.5)」の部分は、「(1×0.5)」。
⇒会社が負担する金額は、「計算の基礎となる賃金×0.5」。

以上から、多くの場合、会社はそもそも退職手当を負担する必要がないか、又は、負担する場合でもその金額はそれほど大きくならないのが一般的です。

なお、労働者は、失業保険の受給要件を満たしている場合には、会社から支給される退職手当の代わりに、失業手当の受給が認められることになります。
このように、失業保険とリンクしている制度設計に加えて、上記のとおり、労働契約終了の原因が会社にあるかどうかに係らず労働契約が終了する場合にはほとんど一律に退職手当の支給が必要とされていること、「定年退職」の場合には退職手当が支給されないこと、等を合わせ考えると、ベトナムにおける退職手当の制度は、「労働者が次の仕事を探すための手当金」という側面が強いということができます【2】。

 

5.「失業手当」の支給(「労働法」第44条、第45条、第49条)

失業手当が支給されるケースは、以下のとおりになります。

(1)多くの労働者に影響を与える組織、技術を変更する場合で、使用者が労働者に新たな業務を用意できず、労働者を解雇しなければならないとき。
(2)経済的理由により多くの労働者が失業する恐れがある場合で、使用者が雇用先を用意できず、労働者を解雇しなければならないとき。
(3)企業が統合、合併、分割及び分離された場合で、労働者を解雇したとき。【3

上記のいずれかのケースにあてはまり、かつ、12ヶ月以上連続して勤務を行った労働者については、失業手当が支給されることになります。
但し、上記(1)及び(2)のケースにあてはまることを理由とする解雇については、手続的要件として、基礎レベルの労働集団の代表組織と話し合い、労働に関する省レベルの国家管理機関に30日前に通告した後にのみ実行が許されます。
これらの要件を満たした場合、会社が労働者に支給する失業手当の金額は、勤務期間1 年につき1ヶ月分の賃金に相当する金額となります。よって、失業手当の金額は以下の式によって計算されます。

計算の基礎となる賃金×勤務年数

※但し、労働者に支給される失業手当は最低でも2ヶ月分の賃金を下回らないとされているため、1年の勤務でも2ヶ月分の賃金に相当する金額を支払う必要があると思われます。

上記の「計算の基礎となる賃金」及び「勤務年数」の意義は、前稿でご説明した退職手当と同じになります。
すなわち、「計算の基礎となる賃金」は、労働者が退職する前の連続する6ヶ月の労働契約に基づく月の平均賃金となります。


2  中国における経済補償金は、労働契約終了の原因が使用者にある場合の賠償的側面が強いと言えますが、ベトナムの退職手当は、これとは性質を異にするといえます。
3  これらのケースに該当する場合には、使用者は、基礎レベルの労働集団の代表組織が参加した上で、労働者使用計画(使用を継続する労働者・使用を継続するために再訓練する労働者の名簿及び人数、休業させる労働者の名簿及び人数、短時間労働に移行する労働者・労働契約を解除する労働者の名簿及び人数、本案の履行を保証する方策及び財源を記載する。)を作成する必要があります(「労働法」第46条)。

また、「勤務年数」は、労働者が使用者のために実際働いた期間から、「労働者が社会保険法の規定に基づき失業保険に加入していた期間」及び「使用者から退職手当が払われていた期間」を除いた期間とされます。失業保険の制度は2009年1月1日から始まっているため、この時点から失業保険に加入している会社の場合、2009年1月1日以降の労働者の勤務期間は、失業手当の算出の基礎となる「勤務年数」からは除かれることになります。また、2009年1月1日より前から勤務している労働者の場合も、同日までの勤務期間のみが失業手当の金額の算定に加わることになります。

よって、退職手当の場合と同様に、多くの場合、会社はそもそも失業手当を負担する必要がないか、又は、負担する場合でもその金額はそれほど大きくならないのが一般的です。

なお、労働者は、失業保険の受給要件を満たしている場合には、会社から支給される失業手当の代わりに、失業保険からの失業手当の受給が認められることになります。

 

6. 違法な労働契約解除の賠償金等(「労働法」第42条)

使用者が法律に反して労働者を解雇した場合(すなわち、法律上の要件を満たしていないにも係らず使用者が一方的に労働契約を解除した場合。)、使用者は、以下のとおり労働者に対して賠償金を支払う等する必要があります。

①労働者が職場復帰を求める場合 (a)労働者を労働契約書で定めた業務に復帰させ、
(b)労働者が不法に契約解除された期間の賃金、社会保険、健康保険を支給し、
(c)労働契約書に基づく最低2ヶ月の賃金を支払わなければならない。
②労働者が元の業務に復帰したくない場合 上記①で規定する賠償金以外に、使用者は退職手当を支払わなければならない。
③使用者が労働者を復帰させたくなく、労働者もそれに同意する場合 上記①で規定する賠償金及び退職手当以外に、両当事者は、労働契約を解除するための労働者に対する追加の賠償金について協議できるが、労働契約書に基づく最低2ヶ月の賃金に当たる賠償金を支払わなければならない。
④労働契約にて締結した職位、業務がなくなったが、労働者が復帰したい場合 上記①で規定する賠償金以外に、両当事者は労働契約の修正・補則について協議できる。

 

7. その他留意点

実務上、使用者の希望に基づき労働契約を終了する場合、期間満了による労働契約の終了ができるときは期間満了時に当然に労働契約は終了となりますが、そうでないときは(典型的には無期限労働契約になっているとき。)、通常、使用者及び労働者が合意解除することで労働契約を終了させることが一般的です。

このような場合、使用者は、労働者から金銭的な補償を求められることが珍しくありません。合意解除に応じる代償として多額の補償を求められるケースも見受けられます。この種の補償の金額については特に法律上の定めはないため、当事者間の交渉の世界になりますが、上記6のとおり違法解除の場合には「労働契約書に基づく最低2ヶ月の賃金」の支払いが必要となることから、使用者側としては、2ヶ月分の賃金を一つの目安として労働者と交渉を行うケースが比較的よくあります。

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日本国弁護士・ベトナム外国弁護士

日本国弁護士・ベトナム外国弁護士

工藤拓人(外部ライター)

CAST LAW VIETNAM 代表、弁護士法人キャスト・パートナー。日本国弁護士(大阪弁護士会所属)、ベトナム外国弁護士。 2011年から弁護士法人キャストに参画し、2013年から中国上海、2014年からベトナムへ赴任。2015年より弁護士法人キャストホーチミン支店長、2017年より現職。ベトナムを拠点に、在ベトナム日系企業に対して進出法務、M&A、労務、知的財産、税関および不動産などの分野で幅広いサポートを行う。著書に『メコン諸国の不動産法』(大成出版社、2017年、共著)、『これからのベトナムビジネス』(東方通信社、2016年、共著)など。

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