アオザイができるまで~ベトナム民族衣装の移り変わり

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ベトナム人のVyです。

ベトナムの民族衣装はアオザイです。日本でも有名だと聞きました。嬉しいです。

今日は、昔はどうだったのかについて、アオザイができるまでを書きます。


 

ベトナムには54の民族がいます。

キン民族はベトナムの総人口の約90%を占めます。

少数民族はTay, Thai, Muong, H’Mong, Dao, Khmer等が含まれます。

各民族の衣装は全く異なるものです。

一般的には、ベトナムの衣装は、気候や周辺環境に影響されます。

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フン王時代

この期間、最も典型的な衣装はロングスカートです。これは東南アジア地域によくある衣装です。

男性もロングスカートを着用しました。その理由は、天候に適応するだけでなく、農場での作業のために便利だからです。

女性は、日本で言う金太郎が着ているようなものを着ました。自宅で縫製されたものです。

田畑で作業するときには茶色のものを着用していました。

特別なお祭りでは、女性はピンクや赤を身に着けていました。男性は上半身裸で、仕事に褌を着ました。

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17世紀後半に、フン王はみんなに、中国のような服を着用しろと命じました。

それからズボンはベトナム人の社会生活の中でもっと人気になりました。

しかし、ベトナムの国家のアイデンティティを保持したいので、女性は下にさっきの金太郎のようなものを着て維持しました。

外着はボタンが完全に固定されておらず、中が見えるつくりでした。

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18世紀後半では、アオザイが出現しました。

しかし、この期間、アオザイは天候に合わせるために、ゆったりとした形に縫われました。

北部の好きな色はダークブラウンで、南部のは黒です。お祭りや結婚式のとき、彼らはしばしばピンクと赤のアオザイを着用して、2色が幸運と良さを象徴すると思うからです。

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19世紀では、西洋と交流の影響によって、アオザイはもっとたくさんの色や新しい素材で作られました。シャツは、女性の曲線を強調して、かなりきつくなりました。それは、挑戦的なつくりですが、肌を見せません。それで、アオザイはベトナムの伝統的な衣装になりました。

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今日では、ベトナムの服は、もっと多く変更しています。西洋文化の影響を受けています。若者の間ではジーンズ、Tシャツがとても人気があります。アオザイは、祝日や結婚式に着用されています。東南アジアでの天気は必ず暑いので、アオザイを毎日着る人は少ないです。職場では、男性と女性はときどきズボン、シャツやドレスを選択します。

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ベトナム人のドレススタイルは、彼らの個性を反映して、気楽でも控えめです。

ベトナムの人々もそうです。ベトナム人は外国の文化を学ぶことができるますが、いつも民族のアイデンティティを守っています。私たちは深く民族のアイデンティティを持つ先進な文化を構築しています。

私はVyと申します。友達からはMoonと呼ばれています。ベトナム人です。1992年12月12日生まれました。射手座です。HOASEN 大学を卒業し、専門はビジネス英語です。ホーチミン市に家族と一緒に住んでいます。暇な時、買い物したり、映画を見たり、音楽を聞いたりします。今まで、ICONIC会社で翻訳者として働いています。機会があれば、私は日本の人々や文化についてを学ぶために日本に行きたいです。どうぞ宜しくお願いします。

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